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東京地方裁判所 平成7年(ワ)14873号 判決

原告

黛タイ子

被告

長谷川道子

主文

一  被告は、原告に対し、金一五一万一七一四円及び内金一四一万一七一四円に対する平成五年九月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その二を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し、三九九万六二五八円(四七七万四二五八円の内金請求)及び内金三六三万二九六二円に対する平成五年九月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用の被告の負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、自転車同士の衝突事故により負傷した原告が、相手方である被告に対し、損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実

本件交通事故の発生

原告は、次の交通事故(以下「本件事故」という。)により、左足関節脱臼骨折の傷害を受けた。

事故の日時 平成五年九月三〇日午前九時三〇分ころ

事故の場所 東京都板橋区高島平九丁目一番地先歩道(以下「本件歩道」という。)上

関係車両1 原告運転の足踏み式自転車(以下「原告車」という。)

関係車両2 被告運転の足踏み式自転車(以下「被告車」という。)

事故の態様 原告車と被告車とが正面衝突した。事故の詳細については、当事者間に争いがある。

三  本件の争点

本件の争点は、原告、被告双方の過失の有無及びその割合(本件事故の態様)と、原告の損害額である。

1  過失について

(一) 原告の主張

原告は、本件事故当時、被告と衝突しそうになり、左側通行の原則に従い、左にハンドルを切つて衝突を回避しようとしたが、被告は、漫然ハンドルを右に切つて進行したため、本件事故が発生したものであり、被告が右にカーブしている本件歩道を直進するか、左にハンドルを切るかすれば、本件事故を避けることができたから(被告は、被告車両の前部のかごに重いカバンを入れていたため、とつさの行動をとることができなかつたものと思われる。)、被告には、この点に前方注視義務ないし安全運転義務違反等の過失があり、被告は、民法七〇九条に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

原告は、本件事故当時、猫を専用のふたのついたかごに入れ、原告車両の荷台にひもで縛りつけていたものであり、原告車両が転倒してもかごのふたがはずれることはなかつた。

(二) 被告の主張

本件事故当時、原告車両の右後方(被告から見て左前方)には、原告と同方向に進行中の三、四人の歩行者があり、被告は、これら歩行者との衝突を避けるため、左にハンドルを切ることはできず、その場で急停止するしかなかつた。これに対し、被告車両の後方には歩行者はいなかつたから、原告が直進するか、右にハンドルを切るかすれば、本件事故を避けることができ、本件事故は、もつぱら原告の前方不注視によるものというべきであるから、被告に過失はない。

また、本件事故当時、原告は荷台に猫を載せていたため、車体の安定が悪く、前部のかごにカバンを入れていた被告と比較して衝突時のハンドルのぐらつきが大きかつた上、制動の掛け方も弱く、ハンドルから手を放して転倒したため、損害を拡大させたものであるから、これらの点に過失があり、原告の損害を算定するに当たつては、原告の右過失を斟酌すべきである。

2  損害額

(一) 原告の主張

(1) 治療費 四一万五七五四円

高島平中央総合病院

平成五年九月三〇日から同年一一月一三日まで入院(四五日)

平成五年一二月一六日通院

西台整形外科クリニツク

平成五年一一月一五日から平成六年一二月二八日まで通院(実日数一三〇日)

ゆみ薬局分(薬代) 八〇〇円

(2) 入院付添費 五万三四四六円

(3) 入院雑費(一日一三〇〇円の四五日分) 五万八五〇〇円

(4) はり、マツサージ代(松井鍼灸院) 一六万九〇〇〇円

平成五年一一月九日から平成六年七月二一日まで(実日数四六日)

(5) 医師等謝礼 八万〇〇〇〇円

(6) 休業損害 一五九万九二六二円

原告は、本件事故当時、主婦として家事労働に従事していたほか、マネキンクラブに登録してデパートの洋服のマネキンとして不定期に稼働していたものであるが、本件事故により、平成五年九月三〇日から同年一二月一五日までの七七日間は全く稼働できず、同年一二月一六日から平成六年一二月二八日までのうち、通院日の一〇八日間も稼働できなかつたから(合計一八五日)、その間の休業損害を平成五年賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・女子労働者・学歴計・全年齢平均の年収額三一五万五三〇〇円を基礎として算定。

(7) 慰謝料 二〇三万五〇〇〇円

本件事故による原告の入通院慰謝料として、右金額が相当である。

(8) 弁護士費用 三六万三二九六円

(二) 被告の認否

原告が高島平中央総合病院に入院した事実は認めるが、原告の受けた治療内容及びその後の通院状況は不知。

損害については、争う。

第三争点に対する判断

一  本件事故の態様について

1  前記争いのない事実に、甲七、八、乙二の1ないし20、三の1ないし3、五、六、原告本人、被告本人、弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 本件歩道は、幅員約五・八メートルの車道と接する、幅員約二・九メートルないし五・一メートルの歩道であり(道路標識により自転車の通行ができることとされている。)、車道側に幅約一メートルの植え込みがあるほか、路面は舗装され、本件事故当時、中央部に三箇所、植木用の円形の露地部分(直径約一メートル)があつたが、現在は取り除かれている。

本件歩道は、地下鉄三田線西台駅付近にあり、普段から歩行者、自転車の通行が多い。

本件事故当日の天候は、晴れであり、路面は乾燥していた。

(二) 原告は、本件事故当日、猫(重さ約四キログラム)を病院に連れて行くため、原告車の前かごに財布の入つた袋を入れ、後部荷台に猫を入れたかごを載せ、本件歩道の中央からやや左側の車道寄りを進行中、進路前方約五、六メートルの地点に被告車を発見したものの、当然避けられると思い、進路をやや左に変えて進行したところ、被告車がそのまま進行してきたため、直前になつてブレーキを掛けたが、原告車の前輪と被告車の前輪とが正面衝突し、原告車が転倒するとともに、原告もその左側に転倒し、同時に原告の両手が原告車のハンドルから離れる形となり、原告は、左足関節脱臼骨折の傷害を受けた。

(三) 被告は、本件事故当日、地下鉄三田線の西台駅に行くため、被告車の前かごにカバン(重さ約二・五キログラム)を載せ、サドルを一番下に下げた状態で被告車に乗り、夫の乗つた自転車と前後して(被告車が前)、本件歩道の右側の車道寄りを進行中、進路前方約五、六メートルの地点に原告車を発見し、周囲を見回し、どちらへ行こうか考えたものの、原告車は車道側へ抜けて行くものと思い、そのまま進行したところ、原告車と衝突しそうになり、急ブレーキを避けるとともに地面に足を着いて踏ん張つたが、原告車と衝突した。

被告は、本件事故の際、転倒はしなかつたが、手がしびれ、腰をサドルに打ち、しばらく痛みが取れなかつた。

(四) 原告は、本人尋問において、原告車の後方に歩行者はいなかつたと述べるが、本件事故の時間帯及び現場が地下鉄の駅前ともいうべき場所にあることに照らし、容易に措信しがたく(この点は、原告にとつて、歩行者に対する格別の関心がなかつたため、記憶に明確に残らなかつたものと推認される。)乙五、六、被告本人により、原告車の約三、四メートル後方に二人の歩行者がいたものと認められる。

2  右の事実をもとにして、原告と被告の運転態様について検討するに、原告と被告は、ほぼ同時期に相手方を発見していながら(相手方をほぼ同距離の位置に発見していることからして、時間的にも、ほぼ同時期とみられる)、その動静に注意せず、いずれも、衝突直前まで全く制動操作を行わないまま、互いに相手方が避けてくれるであろうとの期待の下に、安易に進行を続けた結果、正面衝突するに至つたものであるから、原告、被告のいずれかについても前方不注視の過失があることは否定できない。

そして、自転車が歩道を通行することができる場合であつても、その進行が歩行者の通行を妨げることとなるときは、一時停止しなければならないとされており(道路交通法六三条の四第二項)、被告がこれらを怠つた結果、本件事故が発生したものであるから、被告は、これらの過失により民法七〇九条に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき責任がある(被告としては、原告車とともにその後方の歩行者をも認識していたのであるから、原告の方が進路変更してくれることを期待するよりもまず、一時停止すべきであつて、漫然進行することはできないというべきであり、被告が早期に一時停止していれば、本件事故は発生しなかつたものと推認される。)

なお、原告は、さらに被告の左側通行の原則違反をも主張するもののようであるが、自転車が歩道を通行できる場合においては、当該歩道の中央から車道寄りの部分を徐行しなければならないとされているものの(道路交通法六三条の四第二項)、左側通行の原則は、車道を通行する車両について適用される規則であり、歩道については、同法一七条四項及び一八条一項は適用されないというべきであるから(歩道内のどの部分を通行してもよい。)、原告のこの点の主張は採用できない。

3  そして、原告、被告双方の過失を対比すると、その過失割合は、原告四〇、被告六〇とするのが相当である。

なお、原告が転倒の際、手を放した点は、このようなことは自転車事故において通常あり得べき状況である上、この点がことさら原告の損害を拡大したともいいきれず、また、原告が原告車の荷台に猫を載せていた点が本件事故態様に影響を及ぼしたとする点についても、推測の域にとどまるものというべきであるから、原告の損害を算定するに当たつて、これらの点を斟酌するのは相当でないというべきである。

二  損害額について

1  治療費 三九万五三八一円

高島平中央総合病院分(甲六の2。文書料を含む。)

三四万五二三一円

西台整形外科クリニツク 四万九三五〇円

甲六の3により、領収証のある右の限度で認める(文書料を含む。)。

ゆみ薬局分(甲六の4) 八〇〇円

2  入院付添費 認められない。

原告が入院期間中、付添看護を受けた事実を認めるに足りる証拠はない(なお、必要性を認めるに足りる証拠もない)。

3  入院雑費 五万八五〇〇円

入院雑費は、一日当たり一三〇〇円と認めるのが相当であるから、四五日間(当事者間に争いがない。)で右金額となる。

4  はり、マツサージ代(松井鍼灸院) 認められない。

原告は、血液の循環が悪く、張りがあり、鬱血するため、平成五年一一月一九日から平成六年七月二一日まで四六回松井鍼灸院に通院したというのであるが、右期間は原告の主張する西台整形クリニツクの通院期間と重なつており、重複診療である上、医師の指示もなく、原告の症状に対する治療として、はり、マツサージ治療が有効かつ相当であることを認めるに足りる的確な証拠もないから、その費用を被告に負担させるのは相当でない。

5  医師等謝礼 認められない。

原告が医師等に対し、謝礼のための支出をした事実を認めるに足りる証拠はない。

6  休業損害 八九万八九七六円

甲二ないし四、六の2、3、原告本人、弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時、主婦として家事労働に従事していたところ(なお、原告は、併せて、マネキンクラブに登録してデパートの洋服のマネキンとして不定期に稼働していたとも主張するが、原告の稼働の事実及びこれにより原告が収入を得ていた事実を認めるに足りる客観的証拠はない。)、本件事故により、事故日の平成五年九月三〇日から同年一二月一五日までの七七日間は全く稼働ができず、また、その後の西台整形外科クリニックのリハビリ目的の通院日(一〇八日)のうち、原告の通院治療に要する時間、家事労働への実際の影響等を考慮し、その四分の一の二七日間分についても相当な休業期間と認められ(合計一〇四日)、その間の休業損害を平成五年賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・女子労働者・学歴計・全年齢平均の年収額三一五万五三〇〇円(一日当たり八六四四円。一円未満切捨て)を基礎として算定すると、次のとおり、八九万八九七六円となる。

3,155,300円÷365日=8,644円(一円未満切捨て)

8,644円×104日=898,976円

7  慰謝料 一〇〇万〇〇〇〇円

原告の入通院期間、その他本件に顕れた諸般の事情を斟酌すると、原告の慰謝料は、一〇〇万円と認めるのが相当である。

8  右合計 二三五万二八五七円

三  過失相殺

前記一3の過失割合に従い、原告の損害額から四〇パーセントを減額すると、被告が原告に対して賠償すべき金額は、一四一万一七一四円となる。

四  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過及び認容額その他諸般の事情に鑑みると、原告の本件訴訟追行に要した弁護士費用としては、一〇万円と認めるのが相当である。

五  認容額 一五一万一七一四円

なお、原告が支払を受けた交通傷害保険金七七万八〇〇〇円は、傷害保険金として損害の填補とはならないから、原告の損害額からこれを控除することはできないものと考える。

第四結語

以上によれば、原告の本件請求は、一五一万一七一四円及び弁護士費用を除く内金一四一万一七一四円に対する本件事故の日である平成五年九月三〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 河田泰常)

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